琉球王国の王、尚巴志
琉球王国の王、尚巴志は妊計を弄して、城内にスパイを送り、賄賂をもって本部大原を籠絡しました。
大原は力持ちではありますが智慧が足らず、すぐ好計にのって、王にさっそくこう提案しました。
「久しく戦わないと、敵は卑怯だと笑うであろう。王と私と交替して出て戦おう」
王はそれもそうだと同意し、大原に城内を守らせて、自分は西側正門のところから出撃しました。
中山軍は敗走と見せかけてはん安知をおびきよせ、彼が深追いしたことに気づいて振りかえったときは、はや城内には火の手があがっていました。
おどろいて引きかえすと、城内には大原が立ちふさがって、斬りかかってきました。
王は大いに怒り、先祖伝来の宝刀「千代金丸」を抜いて、一刀のもとに大原を斬り殺しました。
彼は猛火のなかを城内へ進み、妻子を叫び求めましたが、すでに妻子も守兵もことごとく討ち死にしていました。
城内にはカナヒヤブという霊所があって、霊石イビガナシは王の守護神として、神女たちに郷祀されていました。
王はその霊石に向って「汝よく我等を守護する能わず。汝とともに滅びん」といって千代金丸で斬りつけ、二つに割ってしまいました。
これを受剣石といって、いまは沖縄ツアーなどで訪れた観光客の足をひきとめています。
王はそれから、その刀で自害しようとしましたが、
「まことに霊剣とかや、主を害するに忍びず、たちまち刃が鈍って」役に立たないので、それを志慶真川にほうり投げて、小刀をもって自害しました。
その後、千代金丸は志慶真川の河口に流止しているのを、伊平屋島の漁師が見つけて、北山監守(尚巴志の二男)に届けました。
それはいまに尚家の家宝とされていますが、専門家の鑑定では、足利時代の作で、「珍重すべき名刀」だといわれています。